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名古屋高等裁判所 昭和36年(ラ)191号 決定

抗告人 富士変速機株式会社

訴訟代理人 江口三五 外一名

相手方 名港工業合資会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりであり、これに対し当裁判所は次のように判断する。

抗告人の主張の要旨は、手形を一旦債務者に対して呈示した後又は法定の呈示期間経過後においては、右手形上の債務は、普通の商事債務と同様持参債務となり、債権者たる手形所持人の営業所又は住所が履行の場所となるというのである。

しかしながら、一般に手形債権なるものは、支払のための呈示後又は法定の呈示期間経過後といえども、証券に化体された債権として有価証券たる性質を失わず、その譲渡については手形の裏書の方法によることができ、そのためには手形の占有を移転することを要し、又その権利の行使に関しても、手形を債務者に呈示しこれと引換えでなければその支払を求め得ないのである。

右のように、手形はその呈示後又は法定の呈示期間経過後においても、裏書による譲渡方法が認められ、且つその権利行使にかんし呈示証券及び受戻証券たる性質を有する関係上、その履行の場所についても、一般の商事債務におけると異なり、債務者が債権者方に赴き履行の提供をなすを要せず、債権者たる手形所持人において、債務者たる手形振出人(約束手形の場合)の営業所又は住所につき支払の請求をなすべく、その債務はいわゆる取立債務に属するものと解すべきである。しかして、この関係は、手形金債務自体のみならず、これに附随して発生する手形呈示後の遅延損害金の支払についても同様であつて、その債務の履行場所は、債務者の営業所又は住所であるというべきである。

したがつて、原審が、本件約束手形金債務および遅延損害金債務をいずれも取立債務と解し、振出人たる相手方の営業所の存する名古屋市港区新船町三丁目一番地をもつて義務履行地と認めた上、右請求訴訟に関しては、名古屋地方裁判所が土地管轄権を有し、岐阜地方裁判所はこれを有せざるものとなし(民訴法第二七条を適用する余地がない)、右訴訟を名古屋地方裁判所に移送すべき旨決定したことは相当と考えねばならぬ。

よつて、原決定は正当であり、これを不服とする本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

抗告理由

一、相手方は、抗告人に対し、

(1)  金額 三八万円

満期 昭和三六年八月三一日

支払地、振出地 名古屋市

支払場所 株式会社岐阜相互銀行金山橋支店

振出日 昭和三六年四月二七日

(2)  金額 三〇万円

満期 同年九月一〇日

支払地、振出地 名古屋市

支払場所 名古屋信用金庫本店営業部

振出日 同年六月二四日

の各約束手形を振出し交付し、抗告人は、所持人として右各満期に支払場所に之を呈示したが、その支払を拒絶されたので、抗告人は、相手方に対し、右手形金合計金六八万円および、右各手形金に対する、各満期の翌日から完済まで年六分の遅延損害金の支払を求めて、岐阜地方裁判所に本件訴訟を提起したところ、同裁判所は、本件訴訟は、同裁判所の管轄に属せずとして、相手方の営業所所在地を管轄する名古屋地方裁判所に移送する旨決定した。

二、しかし右決定は次の理由により明らかに失当である。即ち、(一)本件の如く、手形記載の満期日に手形を呈示して、支払を求めたにかかわらず、その支払を拒絶された後の手形金債権(法定の支払呈示期間を経過した後の場合も同じと考えるが)は、通常の商事債権となり、その支払義務履行地は債権者の営業所所在地であるから、抗告人の営業所所在地の管轄裁判所たる岐阜地方裁判所は本件訴訟につき、管轄権を有する。(二)仮りに、そうでないとしても、手形金の債務不履行に因る遅延損害金は、手形法第四八条第一項第二号の法定利息とは性質を異にし、本来純然たる損害賠償債務であつて、手形金と分離して譲渡することができ、その譲渡は指名債権譲渡の方法によるべきものであつて、商法第五一六条第二項の適用を受くべきものでなく、持参債務と解すべきである。従つてその履行を求める請求は、抗告人の営業所所在地を管轄する岐阜地方裁判所に管轄権がある。而して、右の通り、遅延損害金の請求について、岐阜地方裁判所に管轄権がある以上、相手方(被告)はその請求について、同裁判所で応訴せざるを得ないのであり、しからば、岐阜地方裁判所が主たる請求について、併合による管轄を認めても、被告の管轄の利益を奪うものでないことは明らかである。よつて、岐阜地方裁判所の管轄に属する遅延損害金の支払請求と、併合提起された手形金の支払請求も亦、同裁判所の管轄に属する。

三、以上の通り、本件訴訟につき、岐阜地方裁判所は管轄権を有する。然るに同裁判所が本件訴訟を岐阜地方裁判所に管轄権なしとし、名古屋地方裁判所に移送したのは明らかに失当であつて、ここに即時抗告をなす次第である。

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